« 今度の引越し | トップページ | 義妹のお引越しの手伝いをして来ました »

2014年2月13日 (木)

やらされる勉強が嫌い

*社内報に書くための原稿、もっと書きたいことはあっても父兄には見せられない。

 やらされる勉強が嫌いで、「チャレンジ」は一年間放置して母に発見され、友人の叔父が経営する塾に通うことで許して貰うも、結局1時間以上ゲームセンターで時間を潰していたため、塾らしい塾に通ったことのない私。

 中学生のスタートは秋田県男鹿市で、勉強するのはカッコ悪く、スポーツとBOØWYと変形学生服がカッコいい80年代。学校の先生は当然恐く、チョークが飛んできたり、平手打ちが響いたりする環境でしたから、勉強と言えば授業を聞いて、もらったワークをやるだけで、「そこそこ」の成績だったように思います。数学は一年生の最初で100点を取ったきり、発言回数を「ドラえもん」のシールで表彰する先生を見限り、勉強なんかするもんかと思っていました。現在だったら携帯電話の課金はいくらになることやら、親と先生の目を盗んで(当時はゲームセンターまで先生が自転車で追いかけてきました)ゲームをするのが生きがいというのが14歳の頃。

 父親が家を買ったという理由で茨城県に引越したのが中二の秋。東京に近いからいいかと、まだ開発が続く新興住宅地の中学校に転校してみると、そこは世界が違って見えました。授業中に生徒が手を上げて積極的に発言している!本当に早稲田に行こうとしているヤツがいる!みんな標準語を話してブレザーを着ている!…これは余計かもしれませんが、授業を受ける姿勢が180°違ったのは事実。今考えれば、実際に目標とする学校があるから、やるべきことも明確になるのだと思います。

 そして、勉強は嫌いでも、「周りよりできない」という立ち位置はいやだという思春期のエガラシ少年も、さすがにまずいぞと気づき、それでも塾には行きたくない。どうすればいいのかと考えた結果、「定期テストは先生が配ったプリントや授業の中身からしか出ないから内申点を取ろう」という作戦に出ます。秋田県の時のなんとなくの内申点貯金と、なんとなく生徒会をやっていたし、なんとなく卓球部(野球しかしてない)の部長もやっていたので、この辺を合わせればうまく行くかもしれない…という14歳なりに考えた姑息な作戦で、公立高校に照準を合わせたのです。

 実際の公立受験は龍ヶ崎一高という伝統校。とはいえ田舎ですから、見学にいくと城跡に建てた丘の上の学校(これが遅刻ぎりぎりだと辛い!)で、野良犬が野球部で餌をもらって居ついているような場所。しかし、なぜか嫌ではなく、ここに決定。併願校は江戸川学園取手、学校の中身はあまりわからないものの、どうやら東京大学に進学している生徒が多いらしいという評判(塾に行かないから情報がない)。こちらは当時としては先進的な週休二日制を敷き、休みのはずの土曜には特別の補習が組まれていました。

 2校しか受けないの?と言われそうですが、当時もちゃんと塾に通っている人は併願パターンを組んでいました。ただし私の場合は、「やりたくないから、最小限の努力で最大限の成果を」を考えるタイプで、学校数が多ければ対策も増えてしまうため、2校に絞って、学校の授業で習ったことだけ復習していました。使っていたのは学研の『ニューコース』と声の教育社の過去問だったと思います。駆け込むように中3の秋で英検も3級(!)を取得しました。

 当時の龍ヶ崎一高の合格ラインは420点/500点満点。得意な科目はないけれど、苦手もないというタイプだったので、ミスを減らせば何とかなるだろうという腹づもり。新教育の模試でも充分な判定が出ていたと思います。一方の私立対策は、「合格ラインが7割だから、難問を全部捨てても、基本問題をちゃんと正解すれば届く」という考え方。教科書に載っていないものは一切知らないと割り切りつつ、さすがに過去問で出た問題はある程度パターン化して覚えるずるさ。江戸川学園取手はマークシート型入試だったので、わからなくても1と4以外を選べば当たるだろうと強気でしたし、当時はまわし合格(上位のコースで受けて、点数が足りなくても、中位のコースで合格する制度)があったので、なんとかなるだろうと思いました。

 結果、江戸川学園取手は中位のコースで合格。公立の方は…受けた翌日に青ざめました。当時、公立高の入試解答は新聞の「茨城版」に載っていたのですが、自己採点してみると380点ほどで、40点も足りないのです。父や母になんとごまかしたか覚えていませんが、たぶんサバを読んで答えたか、不機嫌なふりをしていたのではないかと思います。

 当時はインターネットがありませんから、発表は校内の掲示だったと思いますが、実は全く見た記憶がありません。しかし、どうやら、自分の番号があったようなのです。記憶は、丘を降りてきたときに、進学塾や予備校の講師陣が次々とパンフレットをくれたところから蘇ります。「塾には行ってないんだよ!勝手に喜ぶなよ!」という気持ちでしたが。まさか将来自分がその立場に立とうとは…。

 今考えて、ひいき目に見ても、合格の理由は内申点しかないと思います。もし、試験で同点に並んだ人がいたとしたら、採点者は内申点を比較します。そこで、成績だけではなく、普段の活動や検定試験の級なども見られます。私自身の強みは、実は「体育以外の実技科目」でした。授業中に書く絵はいまだに生徒の失笑を買うようですが、美術や音楽、技術に関しては成績が良かったのです。文武両道を旨とする学校だったので(甲子園では高2の松井秀喜選手と野球部が戦っています)、縁があったのかもしれません。

 ですから、こんな私のアドバイスですが「転ばぬ先の内申点」ということを高校受験をする生徒には伝えたいですね。目標は近くに置くのが、あきらめないコツでもあると思いますよ。 

« 今度の引越し | トップページ | 義妹のお引越しの手伝いをして来ました »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1944139/54976090

この記事へのトラックバック一覧です: やらされる勉強が嫌い:

« 今度の引越し | トップページ | 義妹のお引越しの手伝いをして来ました »

無料ブログはココログ